ちま母

くもんとそろばんどっちがいい?両方続ける理由とは?



わが家の長女(7歳)と次女(5歳)はそろばんとくもんを両方習っています。
今のところ順調で、くもんプリントは毎朝してますし、そろばん教室も嫌がらず通っています。


そろばんと公文式の両方をしていることを知った私の友人は「子どもが嫌がらない?」と心配してくれました。
正直な感想だと思います。


うちの子たちも一時的に嫌がることはありました。
でもそれはわが家では「フラグイベント」と呼んでいます。
場面が進むために必要なイベントのことです。


丁寧に対応(話を聞く。説明する)することで、子どもの本音を聞き、習い事ルーチンの理解度を深めることができるのです。


それはまるでケンカしたカップルが互いの本音をぶつけ合うことで理解が深まり、結束を深めていくようなものです。
雨降って地固まるというやつですね。
(ちょっと違うかな・・・?)


日々の声かけの中でちょっとした工夫はしていますが、一時的に嫌がることはあっても、根本的に公文式やそろばん教室が大嫌いになる、という事態は避けています。
子どもには特に低年齢のうちは本音を語ってもらいたいと思っているので、話しやすい雰囲気には心がけています。
頭を押さえつけてやらせる学習法は身につかないので非効率的です。あまり選びたくないですね。



結論を先に言うとベストなのは、 「良い先生がいるくもん教室と良い先生がいるそろばん教室の両方に通うこと」です。


いっそのこと「良い先生」とめぐりあえたのなら公文式やそろばん教室でなくても良いと思います。
(良い先生というのがポイントです。先生というのはピンキリな上に、子どもとの相性もありますし)
でも、両方に通わせるのは現実的ではない。と判断する家庭も多いことでしょう。
そこまで送迎の労力がかけられない、とか、学費の面とかで両立は難しいと感じる人もいるでしょう。


なので、両方を子どもにやらせてみて、それぞれどのような感触を持ったか?というのは十分役に立つデータではないか?と思ったので、まとめて見たいと思います。



それぞれの数の扱い方





公文式の場合



公文式において、数字は数直線です。
ぺらっとした紙に書かれた文字。平面ですね。
厳密に言えば数直線は1次元です。


まるでクイズがナゾナゾのように(レイゾウコの中にいる動物は?ぞう!といった感じで)計算していきます。
20が30になった時に、「どっちも2文字!」という感じではないか?と私は思います。



くもんでの数字のとらえ方では『数字は言語』なのです。
多分、加減乗除は最短距離で済ませて、中学生高校生の数学を解くのが目的なのだと思います。
式をあやつるのが目的ということです。


そのためには簡単なたし算、ひき算でずっといられては時間がもったいない。
なので丸暗記の方針なのでしょう。


丸暗記と言っても、言うほど多くなく、多分大人はほぼ全員丸暗記しているはずです。
一般的に小学校を卒業している人は、ブランクこそあれ全員が丸暗記しているわけですから、子どもの吸収力の良い脳みそにそこまでの負担は無いと思います。



公文式の数直線的な考え方は、抽象的な考え方なので、精神的に発達しきれていない低年齢の子には向いていないというデメリットがあります。



そろばん教室の場合



数字を見たときに手触りがあるように感じます。
20が30になった時に、「けっこう増えたねえ」という感じではないでしょうか?


そろばんでの数字のとらえ方は0〜9までの実物です。
きっと昔は羊だったり貝だったりしたんでしょう。
1は1の珠、2は1の珠が2個・・・というふうに手触りがあります。
豆や米を数える時に10個ずつにグループ分けしていくと数えやすいですが、私にはそんなイメージです。
1を足す時は1の珠をぐっと動かすのでわかりやすいです。
1引く時も珠を動かすので、たし算とひき算の関係がわかりやすいです。



親から見た感想



数字の手触りはかけ算やわり算のような大きな数字になると、想像するだけで疲れてきてしまいます。
(羊100頭を連れた羊飼いが10人集まりました。羊は何頭?とか、誰でも「もういいよ!100×10で1000頭!」となるでしょうw)



でも特に低年齢の、数字に触れたばっかりの子には、そろばんのように数字の手触りを体験させてあげたいと思っています。
1足すから珠が1個動く。1引くから珠が1個動く。
この数を操作する体験は大事だと私は考えます。



公文式の数直線の考え方が抽象的すぎて、低年齢の子には早すぎるという一面もあります。
低年齢と言っても精神的なもので、年齢だけではわかりません。


3歳でも早くない子もいれば、5歳でも早い子もいるでしょう。
どう判断すればいいか、主人に聞いて見たいと思います。


抽象的な思考が早くできるか遅くできるかは努力で埋まるものではなく、 個性なんだそうです。


私は宇宙や数字の世界が好きなのですが、その話を去年、長女・いちこに語っていたら、「いちこはどうぶつの方が好きだなあ」と言われてしまいました。
『ああ、この子には抽象的すぎたのだな・・・。』と反省した出来事でした。
(精神的発達が追いついていない状態でそういう話を聞かすと、下手するとその分野全体が嫌い(苦手)になるので、今は注意しています)


中学受験では抽象的思考ができる子が良い成績を収めるらしいです。
なので、塾などで訓練して身につけるのでしょうが、身につきやすさ、身につきにくさというのは、もはや 個性だったのですね。





足し算の繰り上がりの教え方



子どもの個性というものもちろんありますが、くもんとそろばんでは数字のとらえ方が違うように感じます。
もちろんこれは子どもに習わせてみての私の感想なので、実際のねらいと違う可能性があります。


特に繰り上がりの教え方が大きく違ったので紹介させてください。



公文式の場合



くもんで+1を教える時は「次の数」と教えます。
数直線があって目盛りを1ずらす感覚ですね。
(数直線は小さい子には 抽象的すぎて難しすぎることがあるので注意ですby主人)


くもん方式の良い点は「くり上がりがない」こと。
例えばこんなふうです。

1+1
2+1
・・・
8+1
9+1
10+1
・・・


しれっとくり上がりの問題があったことに気付いたでしょうか?


「次の数」
「次の次の数」・・・
を追うだけで、くり上がりでつまづくことなく身につけられるのはさすがなだあと思いました。


ただこれができるには前提条件があって、 100くらいまで自由自在にカウントできる必要があります。
なのでくもん算数では足し算より先に『すうじ盤100』をするのですね。


算数がすごい苦手な子は早くて『足し算のくり上がり』でつまづきますよね。
つまづきそうな子、つまづいた子には公文式式の計算方法を試す価値あるかもしれません。



そろばん教室の場合



そろばんのくり上がりは大変そうです。
よくそろばん教室に行くと、子どもがブツブツ言っているのを耳にします。


例えば9+2の場合。
「足せない2は1取って10」というふうに唱えながら珠を操作します。
この場合、9の代わりに10を足すと1多くなってしまうので一の位から1取ることで帳尻を合わせているんですね。


この場合、理論がわからなくても「2足せないぞ?(10を超えてしまう)」と思ったら「足せない2は1取って10」という決まり文句を思い出せば正しく計算ができます。
加減乗除なのだから、理論はあと(高学年や中学生以降)からついてくるのでとりあえず正しく計算できればいい、というのはある意味妥当な姿勢だと思います。



そろばんは、そろばんを使うため計算の途中が物理的に残るので、小さい子にも優しいです。
3+1のような問題でも暗算となると小さい子には難しいです。
(大人になると忘れがちですが)


でもそろばんなら、「3って書いてあるから、1の珠3個。足す1だから、1の珠を動かすよ。あ、4になった」
という感じで式の途中で3という数字を忘れてもどうにかなります。
一度脳内からそろばんへ書き出す感じでしょうか。
一気に数字を3、4個足すようになると、どこまでやったかわからなくなると死活問題なんですけどね。
(よく次女はどこまで足したかわからなくなるらしいですorz)



それぞれのデメリット



公文式の限界



公文式にもデメリットがあります。


それについては公文式の欠点をうまくカバーする教材でまとめたので、そちらを参照してください。



そろばん教室の限界



こんなこと言うと怒られそうですが、どこまで極めてもあくまでも加減乗除。
方程式は解けません。
脳の開発や老化予防のようなトレーニング的なそろばん活用法があるように、そろばんは脳に良いと思います。
ただし、算数・数学という教科においてそろばんに期待するのは基礎的なものに留めたほうが効率的かもしれません。



うちがくもんとそろばんを両方続けている理由でもあります。



そろばんをさせるつもりがない家庭はこれだけでも!こんなそろばん



そろばん教室で見つけて、「すごいなー!」と思ったのがあったので紹介させてください。


こんな感じのそろばんで、
硬貨が書いてあるのです。





確かに日本の硬貨は1、5、10、50、100、500と、まるでそろばんのような数字の配置です。
お札になっても、1000、5000、10000といったようにそろばんを彷彿とさせます。
日本には2ドルや25セントのような数字の配置は一切ありませんよね。
昔からそろばんが文化風習に根付いていたことが感じ取れますね。
(とはいえ、そろばん発祥と思われる中国は、イレギュラーなお金の単位があるようですが。)


そろばんを習わせるつもりがない家庭でも、硬貨に見立てたこのそろばんは教えてあげてもいいかもしれないです。
桁の概念がわかります。桁の概念がわかると、10のたし算、100のたし算、筆算にすごく有利です。


(知らないと不利、とも言えますね。
大人はつい知ってる前提で話を進めてしまうので、子どもが嫌になってしまうのです)






良い先生かどうか判断する方法



公文式もそろばん教室も方針は様々です。
子ども相手の教室の場合、特に場の作り方が大事になります。



くもん教室



公文式は教材とシステムが決まっているので、ある程度同じ方針でどの教室も運営しているのだと思いますが、
コツコツ地道に積み上げていくのを重視する先生、ある程度はサッサッと上に進んでいくのが上手な先生など、先生の方針や経験則も多少は入ってきます。
(上に進んでいい、と決める裁量は先生にあるので)



そろばん教室



そろばん教室は珠算連盟みたいなものが3団体あるようで、同じ段・級でも難易度が違うらしいです。
そんな根本的なところから違うと細かい違いは色々あるのだろうな、と推測されます。すいません、詳しくないです。


聞いた話では、珠算がまだ完ぺきでないうちから暗算を始めることで、子どもがいやになってやめるとか。
(暗算ができるようになると、効果・結果としてわかりやすいので、親が喜ぶようです)
うちの子たちが通っている教室の先生は暗算の導入に慎重でした。→★
これはラッキーなことだったのだと思います。
段や級の難易度も、段や級をとるのが目的ではないので、先生の質で決めていいところだと思います。



大事なのは場の空気



当たり前かもしれませんが、教室の雰囲気は教室ごとに違います。
生徒がのびのびとそれでいて集中できる環境を形成できる先生を選びましょう。
雑談はないが、先生への質問相談などが自由に出る環境が良いと思います。
生徒が先生を尊重し、先生が立場が弱い生徒を尊重する。そんな教室を見つかると良いですね。


公文式なら、そろばん教室なら・・・
なんでもいいわけではありません!
先生選びが保護者の一番最初の大きな仕事でしょうね。
(あとは送迎とモチベの維持です!)



まとめ



最後までお読みいただきありがとうございます。
子どもに公文式とそろばん教室の両方を通わせてみて感じたところをまとめましたがいかがだったでしょうか?


さすがに公文式とそろばん教室をどっちもやる家庭は少数派だと思います。


私も『どっちも似たような習い事(計算をするから)なのだから、どっちかでいいんじゃない?』と思っていた時期もありましたが、
結果的に公文式とそろばん教室で数字の扱いが全然違うことに気付き、びっくりしました。


『似た違うもの』は悪影響を及ぼすものですが、計算に関して言えば、そのようなことは見られませんでした。


子どもはちゃんと公文式なら公文式らしく数字を扱いますし、そろばん教室ではそろばん教室らしく数字を扱います。
『脳が柔らかいんだなあー』と思うことばかりです。


長女はくもん算数で手こずっていたところ、そろばんに救われる形になりましたし、
次女はそもそもそこでつまづかないという安心感を持って見ていることができます。


算数で一番はじめにつまづくとしたら、足し算のくりあがりではないでしょうか?
そこでつまづきそうな子両親とも算数が苦手だった子は習い事を検討してみてもいいかもしれません。
(悲しいかな、能力は遺伝するようなので・・・)




こんな人におすすめ


公文式おすすめ


・なるべくシンプルに繰り上がりを身に付けたい
・ペーパー耐性をつけたい。
・小学生のうちに中高生の範囲まで修了させたい


そろばんおすすめ


・抽象的思考が苦手
・筆算でつまづきそう
・集中力を身に付けたい
・算数は基礎のみでいい



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