ちま母

くもんを採用した理由と その欠点を補うために用意したもの3つ+α

くもんには成績優良児?というものがあるんですね!
未就学児のうちに小学校の範囲を終わらせた子が受験できるみたいです。


幼稚園児が小学生の範囲を修了!?
いやー、すごいですね!想像つきません!
幼稚園児ってワーワーキャーキャー言って泥だらけになっているイメージしかないのですが、
中学の問題を解くということでしょう?
今の私がガチで勝負しても勝てる気がしません!



 




 

〇学年先表彰はうちにはいらない!by主人
 



うちの子たちは成績優良児のレベルにはぜーんぜん届きません。

成績優良児のテストを受ける子は自分でやる気を持って進んでプリントに取り組むみたいです。
そうでもなければ未就学児のうちに中学レベルまで達するわけがありません。
本人の適性にも大きく左右されるでしょう。(デスクワーク適性とパターンを読み解く力が必要、あと根気)
いわば、『くもんの申し子』のみが受験でき、合格することができる、ごく狭き門といえるでしょう。
(身近に申し子がいないので伝聞のみです。検索すれば、アメブロなどがヒットすると思います)



  ・・・



  小1の長女・いちこは自分で時間を見つけてやるようになりましたが、
(今やバスの中でプリントをする習慣がつきました。→バスの中でやる理由はこちら

年中の次女・によはつきっきりで励まさないと進まない有様です。


でも、うちはそこを目標にしていないのでいいのです。(うはっ、負け惜しみに聞こえるw)



くもんからは◯学年先表彰という賞状をもらいますが、主人はそれすら「子どもに渡さないでほしい」と言います。



  主人「例えば『私は2学年先まで勉強が進んでいるんだ』と思えば、あと2年遊んで大丈夫!』という発想に行きつくんじゃないかな?」

私「あー。確かに!」  



主人「あと、学校の授業をバカにしたり、クラスメイトを見下すかもしれない」

「人の価値基準は学力だけじゃない。
測ることのできない評価基準があるというのを知ってもらうことは大前提だが、
数値で優劣がハッキリしてしまう項目(テストの点数とか内申点とか)は、
本来あるべき重要度をこえて目が行きやすく、無駄な執着や偏りにつながるから注意が必要。」




  (閑話)※ 『Aちゃんは私より頭が良くて、Bちゃんは私より頭が悪い。』という考えは、テストの点で判断されることが多い、ということです。テストの点は「頭の良し悪しではなく、「ペーパーテストに向いているかどうか」に大きく左右されます。私の友人にも、人間力が高く、応用が効き、精神的にも安定している、、、『この子は頭が良いなー』と感じる友人がテストの点が悪かったりしていました。




  一理あります。確かに自分が子どもなら「だったら今たくさん遊んで2年後から本気出す〜」と思うでしょうね!きっと!

だって、くもんプリントするより、妹と遊んだり、折り紙したり、本を読んだりするほうが楽しいですもんね。



  ・・・



  この会話の数日後、実際にいちこに言われました。

いちこ「いちこは小学校3年生のところをやっているんでしょう?
どうして?まだ1年生なのに!難しいのやりたくない!」


うわーっ、言われたぁ。
そんないちこに私はどう説明したでしょう?
主人とあらかじめ上のような会話をしていたおかげで予習が済んでいましたので、よどみなく説明できました。

私「学校が遅いんだよ?」

うはー、簡潔!
・・・これで終わってもよかったんですが、さすがに乱暴すぎますね。
子どもにも分かるように補足。



私「くもんはちょうどの学習をする教材です。
いちこさんの『ちょうど』は確かに学校では小学校3年生でやるところです。
が、学校が遅いんです。
いちこさんにはなるべく早くやりきっていただいて、大人に匹敵する力をつけてもらいたいと考えています。」


いちこ「フーン?」

私「(伝わったんかな・・・?)」



  ・・・



 

 主人からの受け売りメモ

学校では生まれた年が一緒というだけで、同じ難易度のものを一律に教えます。
(地域や学校による難易度の違いはあるように思いますが、教育指導要領がある以上、誤差レベルです。実在する「レベルのバラツキ」の要因はカリキュラムではなく、実は母集団の性質にあります)
学年全員、クラス全員の脳も体も発達も一律ということはまずないでしょうに不思議ですね。

しかし、福祉(?)という意味での公教育(公立の小中学校)に、一人一人にあった難易度のものをあてがえというのはぜいたくすぎです。国や自治体が全ての子どもにそこまでのコストを払うのは現実的ではないですね。
親にできることは子ども本人のレベルに合わせた私学小中学校を選ぶ程度のものです。

公立の小中学校に入った玉石混交の子どもたち。
どのように授業を進めるかというと、クラスの中で一番歩みの遅いグループに合わせるのだそうです。
それはそうです。
落ちこぼれがクラスの半分とか出たら、さすがにその先生は無能だと言われるでしょう。
(レベルの高い中学ではそういうクラスもあるかもしれませんが)

ということは、学校の先生の仕事は「賢い子を輩出する」のではなく、「落ちこぼれを出さない」。これにつきると思います。
できる子は待たされつまらなくなり、遊びだし、怒られる。
できない子はやっぱりできないので、つまらなくなるという。
今日はその話ではないので、このへんで。

(高校からはある程度学力に応じて学校が選べるので割愛)




 

毎日、くもんをする理由と身につけてほしいこと


というわけでうちの子たちは毎日決まった枚数をコツコツこなします。

結果だけ見ればこなしているのですが、
4歳の次女・によからは毎日大量に「いや!」「やだ!」「くもんしない!」と反対にあいます。
素直に言うこと聞いてくれると楽なんですけどねぇ。
(主人からは「抑圧されて不満が出ない、なんて状況よりよっぽどいい」と言われています。だったら君が不満を言われてみればいいと思うんですが^^;。)




  くもんを通じて知ってほしいことは以下のとおり


・毎日続けるという「習慣」を体得すること
・環境が変わっても毎日のルーチンをこなすということ(帰省先のおじいちゃんおばあちゃんの家に行ってもくもんします)
・新しいプリントに入った時、難しくてつらくても、逃げずに耐えること
・耐えて解いていくといつしか慣れて身についてできるようになるということ
・どうしても気分がのらない時にどうするのか?ということ(規定の枚数をこなす間耐えるのか、大人と交渉して違う時間に振り替えるのか)
・体調が優れない時にどうするのか?ということ(大人と相談して枚数を減らしてもらうとか、別の日に振り替えてもらうとか)
・「明日大事な予定があるから今日のうちに明日の分までやってしまおう」、などのペース配分(明日やるから今日はしたくないー、は不可)
・わからないときに、ちゃんと発信するということ(長女・いちこは『できないモード』になって、おし黙る子でした)



大切なことは、 「自分の体調や予定を把握した上で、時間と意志力のマネジメントが自分でできるということです。



  そのあたりを身につけてほしいと思っています。




 

身につけてほしいけど、くもんではやらない『本格的な数学』とは?



うちの子たちはくもんでは平凡な進み具合のところにいます。

しかし、自分の精神年齢以上の学力が身につかない今のペースはむしろ幸せなことかもしれません。

くもんの話をする上で必ずと言っていいほど話題になることがあります。


  「解く訓練だけしているので、問題の本質を理解できていない」ということです。
くもんは「計算の訓練」なので、それは当たり前といっては当たり前のことなのだと思います。
全く反論はありません。

くもんは最終教材、研究コースと大学レベルまでの教材が用意されています。
(研究コースは何レベルなのか不明)
もちろん、中学、高校の数学の範囲もやります。

しかし、主人は「くもんはどこまで進んでも『本格的な数学』にはならない」と言います。

ちょ、ちょっと待って主人!
中学、高校って数学やりますよ!?
あなたも勉強したでしょう?
センターで使って大学に進学した人も多いと思います!
わたしもセンター数学受けて、途中退室したし!



  ・・・



  「中学、高校、大学で習う『数学』と『(本格的な)数学』は違う」んだそう。



  ・・・そもそも本格的な数学とは?

それは中学、高校でするものとは違い、大学院くらいでようやく出てくるものなのだそうです。(私の師匠が言っていました。)
簡単に言うと 『未だかつて答えが出ていないもの』です。
(「稀代の難問、〇〇予想」のような言葉は聞いたことある人もいると思います。私はポアンカレ予想の本、買って読んだことあります。ムズムズワクワクした。)



  中学、高校、大学の数学は計算をして答えを出すもの。
そして、答えがあっているか解答集などを見ましたね。
そういうものは本来、『数学』ではなく、『計算(の訓練)』なのです。

何が言いたいかと言うと、中学、高校、大学で必要とされる『数学』の学力はあくまでも
『計算(の訓練)』がどこまでトレーニングできているかを見るものなのですね。
(中学受験で使う算数は別の訓練が必要のようです。)



  余談ながら、「高校への数学」という中学生向けの参考書(月刊)は面白いです。一般的な中学校を卒業したことある人なら、大問の最初は解けますが、応用が入ってくると苦しくなります。とっかかりが見えない・・・なんてことも。
解説も丁寧なので、あー!そういうことかー!と悔しくなり、それが次のページに進む原動力になります。
答えが合ってるかどうかは正直どうでもよくて、とっかかりが分かると私の勝ちって気分です。
パズルと一緒で、途中に間違いがあったなら「最後まで解け」るわけがないのです。
「最後まで解け」たのだとしたらそれは正解だからなのです。
私は数学は好きだけど、得意かと聞かれると「・・・」なので、結構わからないところ、多いです。でも楽しい!(パズル脳)
たまには子ども時代に戻って子どもと一緒に苦しんでみるのも楽しいですよ!




 

『計算の訓練』を超えた『数学』はこれからの時代にこそ必須!!


『計算の訓練』を超えた『数学』はこれからのIT社会に必須になります。AIだったかな?

そして、それについての解決方法は、 『適度な精神年齢になった時に良い師匠に恵まれる必要がある』

これに決まりです。

20歳になったら〜、大学に入ったら〜、ではありません。適度な精神年齢になったら、です。この違いは大きいです。
精神面の発達は個人差がありますからね。



私たち夫婦は私たちの子どもたちにとって『親』なので、良い師匠にはなれません。
というより、どの『親』も師匠には向いていません。

理由は、甘やかしてしまうから
・・・ではありません!

むしろ逆です。

無意識で『自分を超えられては困る!』と「親の常識の範囲内で人生を送ってほしい」と願うからなのだそう。

それを耳にして私は「私はむしろ自分を超えてほしいよ??」と思いましたが、そうではないのだそうです。
(むしろ、私のように軽く考えている人の方が危機感が足りなくて危険かも・・・汗)




  すっごくわかりやすく言うと「アイドルになりたい」「マンガ家になりたい」と10代後半になった自分の子どもが言ったらどうしますか?

「真面目に考えなさい」「うまくいくわけない」「そんなんじゃ食っていけない」などと止めるのが『親心』ではないでしょうか。
この『親心』が子どもの成長に待ったをかけるのです。

え!?そりゃあそんなフワフワした夢語られたら「頭を冷やせ!」と思いますよ!
いくら、『本人の意思を尊重する』って言ってもそんなの『夢』じゃなくて『夢物語』!
将来の夢って、そういうものじゃないでしょ!?



  しかし、私の師匠は言いました。成長のきっかけはそういうところにあると・・・。

夢が叶えられなかったとしても、動いたその過程と結果がその人の人生において財産になる、と。
詐欺られて大変な目にあったら心配です!と反論すると、「いいじゃないですか」と。うえええええ?!
子どもがひとり立ちをする、成長をするには親の方にもそれくらいの覚悟が必要なのだそうです。
一人の人間を巣立たせるには、それほどまでの覚悟が必要なのか・・・。

私はまだ小さい子しか育てたことがないので、あくまでも伝聞ですが・・・。




  というわけで 『良い師匠』は家庭内ではなく、外部で探す必要があります。
これはあいにく「くもん」だけしていても見つかりません。
くもんの先生がめちゃくちゃ頭が良い人の場合はその先生でもいいし、良い人を紹介してもらってもいいかもしれません。
(もちろん、頭の良さは学歴や成績で計れるものではないですよー。)




 

くもんの欠点とそれを補うためにしてる工夫2つ


薄々ご存知かもしれませんが、『くもん』教材は完璧ではありません。

なんとなく優しい(易しいではなく)問題が多いような気がします。
素直な問題が多いというか・・・。
ひっかけ問題がなかったり、国語は「ありのままに文中から抜き出す」問題が多かったり、
算数の文章題は出てくる数字を余すところなく使ったりします。ジェントルな印象です。

わが家でのくもんの立ち位置は前述したように 「時間と労力のマネジメントのため」やっています。
「自学自習ができる子を育成するため」です。  



なので、『くもん』をやめることは考えていません。
『ちょうどの進度』でどんどん進んでいってくれる『くもん』はわが家の教育方針にピッタリなのです。

しかし、だからといって『くもん』と心中する気はさらさらありません。


  くもんに足りないところは別に用意するつもりです。
(今も探し中)




 

欠点を補うために①:z会


最初見つけたのが『z会』。
『くもん』の補助として良いんじゃないかと期待して用意しました。

z会は学年とピッタリ同じところをとっています。
くもんの進度的には2学年進んでいるいちこでも、z会で初めて目にする問題も多く面白いみたいで楽しそうにやっています。
数字パズルのような問題や、『3+4になる問題文を作りましょう』など、問題文を作らせるものもありました。
計算をひたすら解くくもんとは結構違います!

最近はバスの中でやる用のボードに、朝くもんのプリントとz会のワークのページを組ませて持たしています。
(カラー刷りで目をひく+問題が楽しいみたいで、くもんより先に手をつけてしまい、くもんが残るのが悩みのタネ・・・汗)

「そんなに良いなら、z会だけで良いんじゃない?」と思いますよね?
そうしない理由はそのまま『くもんをやる理由』に当てはまります。



まず計算力の底上げは今後の思考スピードや集中力の源になりますのでぜひ身につけてほしいです。
そのために毎日ある程度の問題量をこなしてもらわねばなりません。

z会は毎日やるには問題数が少ないです。(本屋でも問題集は売ってるみたいですが、買ったことないので内容はわからないです)

さらに通信教育のz会は毎月来る量が決まっているので、くもんのように先に先にとはいきません。
なるべく早く数学を修了してもらうのが目的なので、z会だけでは不十分となります。

別の記事にも書きましたが、こどもちゃれんじを早めに卒業して、z会へ・・・というような立ち位置ですね。
こどもちゃれんじは『基本的なしつけ』のところが良作です。お勉強の範囲になると・・・いかんせん進度が遅い!




 

欠点を補うために②:そろばん


くもん算数の足し算は、『繰り上がり対策』のため数直線で数えさせます。
子どもがどうやって解くかというと、1,2,3…と指折り数える感じに。
たくさん解いて慣れることで、パッと答えがわかるレベルまで持っていきます。

(簡単な計算まで頭使って解く必要はないと考えます。九九を習った人なら誰だって「くく?」と聞かれたら、かけ算をせずとも「はちじゅういち!」と言えると思いますが、それでいいのです。足し算も9+2は?と聞かれた時に「1を足した段階で10を超えるから1繰り上がって、1残るから答えは11」だと意志力の無駄遣い。簡単な計算なんだもの「11」でいいじゃないですか、というのが私の考え。)

指折り計算は、9+2のような計算には有効なのですが、
これが9+8のようにたす方の数字が大きくなると一気に難易度が上がります。
一問解くたびにカウントするからです。



(9+2の場合は、「9,10,11だから11!」と言った具合。9+8の場合は「9,10,11,12,13,14,15,16,17だから17!」といった具合です。)
(プリントが進むと問題数も多くなるので、
+1だと1枚あたり12問くらいだったのが、+8や+9になると1枚あたり20問くらいになります。
それを5枚ずつとなるとけっこうな違いが・・・。
問題数は適当。ちょっとずつ増える、と解釈してください。)




  長女いちこが繰り上がりの足し算をしていた時、すごい勢いで指を使っていて、時間がかかっていました。
そして指を折って計算するくせは長いこと抜けませんでした。

9+12のような問題でも、「10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21!」と計算していたのです。
いや、指を使うにしても、『9+2は11だから、11+10で21』でいいじゃん、と思いますがね。




  最終的には20+22みたいな問題を指を使って解いて間違えなくなりましたが・・・。
『そうじゃなくて・・・』って感じでした。

それについて主人と相談したところ、★ そろばんを始めることになりました。(過去記事リンク)




  それからは加減乗除で困ったことがあると、そろばんの先生に質問させてもらってます。
頼れる人がいる安心感=プライスレス・・・。



  ★ そろばんの先生に質問した話→10の位と1の位を分けて考えれば楽なのに!と筆算を教えたところ、いちこが爆発。お母さんの失敗談




 

くもんの欠点を補うために③:厳選!参考書!


くもんは良くも悪くも素直な問題が多いです。

それを補うために問題集を用意しました。



  ●ハイレベ100


by カエレバ



ハイレベ100小学2年算数



ハイレベ100小学3年算数




  ●トップクラス問題集


by カエレバ



トップクラス問題集小学2年―中学入試をめざす



トップクラス問題集算数小学3年―中学入試をめざす




  ●トップクラス問題集(徹底理解編)


by カエレバ



トップクラス問題集算数小学2年―中学入試をめざす 徹底理解編



トップクラス問題集算数小学3年―中学入試をめざす 徹底理解編




    * 「トップクラス問題集」は「トップクラス問題集(徹底理解編)」より難しい問題まで網羅しているようです。
「トップクラス問題集小学1年さんすう(徹底理解編)」がカラー刷りなのに対して、「トップクラス問題集小学1年さんすう」は二色刷りになりますし。
子どもさんの学習レベルや、どこまでの理解を望むかで選んでください。
徹底理解編でも「簡単なところ止まり」の印象はありませんでした。




  * ちなみに上記の問題集の中でカラー刷りなのは
トップクラス問題集さんすう小学1年 徹底理解編
ハイレベ100小学1年さんすうの前半
です。
参考までに・・・。
(子どものモチベーション、大切)




  わが家では算数の小1〜3の問題集をひととおり用意しました。
まだ問題集は買ったばかりで軌道にのってないのでプランのみですが・・・

朝くもんのお供に一緒にバスに持たせる予定です。  


今のところのプランは

月 z会
問題集
水 z会
問題集
金 z会
問題集
日 z会けいけん


こんな感じでいけるといいなと思ってます。
(くもんは毎日なので割愛)




    毎日の問題集は親が1日分を用意します。
主人からは「本から切り離して、渡して、直接書き込ませていい」と言われています。
ノートを用意して兄弟で使い回す方針の家庭もありそうですが・・・。
想定よりぜいたくな使い方ですね。

使い捨てはもったいなくないのでしょうか?




 

すべては子どもの意志力を削らないために。
 


ノートを用意して教科書に書き込みなしでやると問題集が汚れないので繰り返し問題を解くことができます。
下の子にお古で回すこともできます。
コスト(家計?)を考えたら1冊の問題集を兄弟で使ってもらう方がお得な気がします。

なぜ主人は「切り離していい」「直接書き込んでいい」と言ったのでしょうか?

もちろん、図書館から借りた問題集人から借りた問題集は切ったり破ったり直接書き込むのはルール違反です。

しかし、この年の子(一年生のいちこを想定)が2回以上同じ問題を解くでしょうか?
モチベーション的な意味でかなり無理があるのではないかと思っています。
(くもんではくり返しますが、新品のプリントを使いますので、ちょっと状況が違います)

さらにお古で下の子に回した場合、少し古い内容になります。
上で紹介した問題集は中学受験対策の一歩手前なので、定期的に更新されるはずです。

さらに問題集とノートの両方を用意するのが子どもにとってかなりハードルが高いと思われます。
用意するのが面倒だからと億劫になってやらなかったら元も子もないですね。
問題集自体そこまで高価なものではありません。
千円台のものや千円しないものもあります。
「子どもの意志力を削ってまで、問題集代を節約する理由はない」というのが主人の結論なのです。

いちこの場合、そもそもバスにそんな(問題集とノートを広げる)スペースはないので、プリント状に加工して持たせるつもりですが。


  なので、余白が必要な問題があった場合、
あらかじめ余白を用意するように指示されています。



  私「 え!そこまでする!?

主人「うん、してね」




   

くもん教室に通う理由とは?!


くもんの欠点ばかり上げましたが、わたしと主人は 学習のベースはくもんプリントが最適だと考えます。

じゃあくもんが必要だとして、教室に行く理由はあるのでしょうか?
完全通信でも良いような気がします。

どのみち家で毎日プリントしているなら、何も教室に通わなくてもいいような気がします。
家でプリントするだけなら、送迎の手間もいらないため、時間的なロスも少ないでしょう。

くもん教室に通う理由はあるのでしょうか?
くもんの先生に丸をつけてもらったところで、何かメリットがあるのでしょうか?(失礼)




  結論を言うと 「教室に通うことに意味はあります」

どんな意味があるか・・・?

・本人のモチベーションに関わる理由

・第三者(くもんの先生)にペースとコンディションをチェックしてもらう理由

なので、必要と思っていいでしょう。
それは成績優良児も同じでしょう。  



主人は
「同年代の子が机に向かって集中しているところを見せることで、 君だけがくもんをしているわけではないことを肌で感じてほしい」
と言っていました。

さらに
「学校とちがって横並びではなく、自分が進んだところを学習する。そういう環境が必要なんだ」
とも言っていました。



学校ではクラス全員が横並びで同じ範囲を学びます。
クラス内で優秀な子は他のクラスメイトより先に問題が解けた時何をするでしょう?
発展問題を与えてくれる先生なら優秀です。それなら良いのですが、だいたいは他のできた子とお話するか落書きするかコソ勉するか・・・といったところでしょう。 同じ範囲を横並びで学ぶのはデメリットもあるのですね。




  くもんやそろばんは授業システムが学校とは大きく違いますね。
そもそも個人種目なので、他の子を待つ時間は限りなく少ないです。
(そろばんで時間を計る都合上、待つことはあるみたいですが)
できたらすぐ次。できたらすぐ次・・・です。

そういう環境が自学自習のタネを育ててくれるのです。



  さらにくもんやそろばんに通う子は習い事を全くしていない子と比べて家庭が教育熱心であるという偏りがあります。
(当然ですが、塾などに行ってるがためにくもんに行けない、そろばんに行けない子は除いて考えてください)
全くの無計画で友人を作る(探す)場合、学校で探すより、習い事先で作った方がお友だち間のトラブルのリスクは下がると思われます。




 

まとめ


わが家の教育の目的は、

・くもん算数修了レベルまでなるべく短期間で到達すること
→大人レベルの思考ができるようになった、と客観的にいえるレベル。
・自分の体調や予定を把握した上で、時間と意志力のマネジメントが自分でできるようにすること。


です。  



くもんは教材としては優秀なのですが、いくつかの欠点がありました。

・ステップアップした時に説明不足な部分がある
・ひっかけ問題がない
・考えさせる問題がない


それをフォローするために、いくつか教材を用意しました。

z会
そろばん
問題集(ハイレベ100、トップレベル問題集)


さらにその上の望ましい成長をするために必要なものがこちら。



良い師(うちの子たちにはいつか私の師匠に会わせるつもりです)




    いつか三姉妹も立派に大きくなり、職業はどうあれ、主人顔負けの思考を身につけ、一緒にパズルを解く仲になってくれるといいなと思ってます。  







  というわけでまとめでした。






 

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